発達障害者の介護は大変

介護してる発達障害者の自分語りです

自分の性

小説家になろうに書いたことと被ると思いますが。

大人しい子供だったので、よく女性に間違われるとか。

兄が「女の子」だとからかったり、『赤い靴』というドラマをみせようとしたり。

まあ、学校でも女の子にいじめられていましたから。今でいうキモイというやつでしょうか。

オルガン教室に通わされていたのですが、女性ばっかりで身の置き所に困りました。結局やめてしまうのですが、なんとなく女性は苦手だったと思います。

 

だからと言って男の子の集団に入れられても浮くんですよね。

ボール遊びとかできませんでしたし。自転車で崖から飛び降りるなんて以ての外でしたから。

 

性別的にはやっぱり男性だと思うんですよ。怪獣番組とか好きでしたし。

少女漫画読み始めたのは、青年誌で「女性心理を知るには少女漫画を」というのに煽られてなんですが、根がマンガ好きなせいか熱中しました。

 

そうそう、子供の頃に傘を無くして母の紫の傘を差した時、女っぽくて嫌でぐずった記憶があります。

 

よく発達障害の人は性区分があやふやになるといいます。多くは思春期に起こるのですが、私は今それが起きて、ツイッターではネカマ状態になりつつあります。

 

男社会は苦手ですが、女性社会もわからないですね。どっちなんでしょうね。

小学生時代(自傷行為や虐めについての記載があります)

二年生になってから担任が変わって厳しい女性の先生になりました。

それまで問題はなかったのですが、何かにつけて叱られることが多くなり、残されることも増えました。

たぶん動きがとろいから目の敵にされていたと思います。

 

当時給食のお肉が食べられなくて、食べられるまで食事させるという指導がなされていたんですが。食べられない物はどうしても無理だったので、昼休みの掃除時間、求職を目の前にして何もせず。昼休みを終えてから給食の残りを捨てていました。

 

今考えると肉の食感がだめで食べられなかったんだと思います。肉の脂身の噛んでも噛めない、おまけにプリプリしているのが子供心に気持ち悪かったのです。

 

そんなことをしているうちに「あいつは、わざと給食を食べられないふりをして掃除をサボっている」とのうわさが立ち、いろいろと虐められるようになりました。虐めの原因は、具体的にはわからず。気が付いたら虐められていました。

 

ある日、クラスに鉛筆削りが配置された時、いじめっこが私の鉛筆を取り上げ削りまくって全部小さくしてしまいました。

 

また、私がクラスの後ろで着替えていたら、振り上げた手が後ろの棚に置いてあったおたまじゃくしの容器にあたって中身がこぼれ、腐敗したおたまじゃくしが飛び散りました。私は別にわざとやったのではなく、シャツを着ようとしたら手が容器に当たってしまったのです。この時も私だけが叱られて、腐ったおたまじゃくしを放置した生徒はおとがめなしでした。

 

今考えると私は当時の担任から嫌われていたと思います。担任からすれば、ADD不注意全開の私を見たら呆れて怒りたくなったと思います。

 

クラスで自由時間になり自由な運動をしていいという事になった時。私は風が吹いてきたら「うぉーっ」と叫んで縄跳びを振り回すというグループに入りました。先生は私の説明を聞くと「体育に関係ない」とそっぽを向いて離れていき、まともな運動をしているグループの方へいってしまいました。先生に見放された私たちは、ほどなく解散してしまったのですが、行く当てもなく佇む。

 

やたら厳しい女性で、ビンタされたことがあります。

体育の授業がある前日。私はふざけて自分の太ももにマジックでブタのお尻を描いてしまい。翌日短パンで授業を受けなきゃならないことに気づいたのですが、洗っても落ちません。仕方がないので体育の体操の時、太ももを隠して体操していたら先生に見つかって、「何をしているの」と問われて理由を話すと「絵を見せてごらん」と言われ見せたとたんにビンタを張られました。

 

先生が私に対して厳しいので(むしろやんちゃな生徒や元気が良すぎていじめてる生徒には甘かった気がします)、クラスの中に「こいつはいじめてもいい」という空気が形成されたと思われます。好きでもない女子の体育袋を口の中に押し込められたりしました。しかし、私に対するいじめで誰かが叱られた記憶はありません。

 

三年生になり、前のクラスのまま担任が変わりました。でも、前任の指導で私をいじめてもいいという空気が完成していたので、いじめは減りませんでした。

 

私はノートが濡れて紙が柔らかくなったのを気に入り穴をあけて遊んでいたら、同級生に見つかり「大切なノートを粗末にするとは何事だ」と怒られたりしました。

 

ある日、同級生に「二階から首筋に鉛筆を投げて怪我をさせようとした」と因縁をつけられていじめられました。その時同級生は「お前は金持ちの子供だろう」と言われました。これが原因で最近まで私はお金持ちの子息だと思い込んでいたから、おかしなものですね。

話しは戻りますが、仕返しとばかりに首筋に鉛筆を刺されました。現実に私はそのような悪戯をしたことはありません。パニックになった私は、自分で自分の首筋に鉛筆を突きたてました。

同級生は「自殺未遂だ」と騒ぎ、私は学校から飛び出してバスにひかれそうになり、道に迷っておまわりさんに保護されました。

 

その後の事は覚えていません。いつしか北海道への転校が決まり、通いなれた小学校をはなれることになりました。普通の生徒は転校するとき前の学校に手紙を書いたりするのですが、私は求められず、手紙も出しませんでした。仲の良い友人が一人もいなかったからです。

 

こうして静岡での地獄のような日々は終わりを告げました。

 

なぜスーツを着るのか?

発達障害とか全然関係ない内容です。

 

婚活でスーツを着るのはなんなのかなーと思いました。

いやカジュアル婚活も最近はあるらしいのですが、筆者は経験したことがないのでわかりません。

ドレスコードはないものの、やはり一定の基準を満たしてる必要があるみたいですね。

 

で、女性もなんですが、男女ともにフォーマルなのはなんでだろうとか思ってしまいました。

 

着飾って相手に自分を売り込むためだとは思うんですが、結局相性なんだからガンガン話して、話の合う相手を見つければいいじゃないかと思ってしまうのですが。現実の婚活の場は、あまり会話ができないシステムになっていて、イメージ的には就活とかシビアな見合いに近い印象があります。

 

女性側は年収とか将来性で選ぶでしょうし、男性は若さ重視だと思うのですが。でも相性だよなと私は思う訳で、若い相手でも会話がしんどかったらそれはまずいんじゃないかなと思います。年収とかは大事だと思うので、横に置いておきますが。

 

でも結局どれだけ相手の事を受け入れることができてってことになるんじゃないかなと思ってしまいます。だから差異がありすぎても難しいと思うので、年収基準だと私生活の差が出てくると思うので、あまりに高級高級した生活だと肩が凝ってくるんじゃないかと思うのです。

 

自分をよりよく見せて、よりグレードの高い相手に気に入ってもらえるように振る舞う訳ですが。なんか竹馬乗ってて背伸びしても、自宅では地が出るから、無理しなくていいんじゃないかなって思ってしまうんですよね。

 

もともと自分はファッションに興味がないし婚活する年でもないからそんなことが言えてるんだと思います。実際、活動してる人はかなり努力してると思います。

 

たぶん成立してからデートなどで相手をよく知ることになるんだろうと思いますが。いい相手が見つかるまで時間もかかりますしロスタイムじゃないのかなと思うのです。

 

私が知らないだけで語りこめる場がどこかにあって、それでカップルが成立してるんだろうと思うのですが。現状を知らないので、想像でしか語れません。

過去を振り返る 少年時代

過去を振り返ることで、自分の障害の度合いについて何かの気づきがあるかもしれないと思い書き綴っていきたいと思います。すぐに記憶が飛んでしまうので、思いついた順番になります。

 

幼児期~少年期

記憶がほとんどありません。一番初めに覚えた漢字は『死』でした。親は喜んでいましたが内心はびっくりしと思います。それが小学一年生ぐらいでした。

幼稚園時代は、何もできない子だと言われていました。前に書いたかもしれませんが、キリストに贈り物をする三賢者の小道具を作る時、私だけできあいの金色の茶瓶を渡されました。この頃は自分の意思もなく、ただ何も考えずに生きていました。お絵かきの時間は意味も分からず。土星の絵ばかり描いていました。

幼稚園時代は泣いてばかりいましたね。粘土で顔を作られてそれに穴を沢山あけられて「これ〇〇くんの顔」と出されてそれを見て泣いていました。本当に今考えるとどうでもいいことで泣いてしまう子供でした。

記憶がないのは何故なんでしょうか。未だによくわかりません。

小学校に入学した時は持ち物の名前を全部書いてもらいました。怪獣が好きな子供でしたね。勉強が出来なくてよく残されていました。学校で発言したことは、ほとんどなかったんじゃないでしょうか。一年の三学期の最後に、問題に対して夢の話をしたことを覚えています。

怪獣がエレベーターに乗ってて落ちる夢でしたが、授業中になぜ夢の話をしたかがわかっていません。小学校一年時もほとんど記憶にないです。ただ当時はまだキモがられておらず。女の子と平気であそんでいたり、幼馴染の女の子の誕生会に呼ばれてパンダのぬいぐるみをあげたりしていました。まあ、基本的に大人しかったからウケが良かったのかもしれません。

今、当時を思い出して見てもまったく覚えていないです。仲の良かった同級生が小樽に行ったことと、近視が発見されて東京の眼科に行ったことぐらいです。エピソード記憶がないから書きようがないですね。いじめもまだなかったと思います。担任の教師は普通のおばさんでしたね。

ちょっとぼーっとしていた子供でしたが、問題行動はなかったと記憶しています。

 

発達障害者を社会に生かすには

ツイッターでいろいろと発達障害者を生かす方法を考えていました。知的には能力の高いと思われる発達障害者が、社会の下働きについていけず次々と解雇されたり、二次疾患になるのは社会にとっても損失だと思ったからです。

 

もしかして、日本の低迷は発達障害者を社会に還元できていないせいじゃないかと思うようになりました。自惚れかもしれませんが。

 

よくヲタクのひきこもりは『軍師』を目指したがると皮肉を交えて言われていますが、『軍師』こそ発達者の到達点ではないかと思い始めています。

 

会社の中枢に、ど素人をすえるのは危険だと考える向きも多いとは思いますが、もしブレーンの雇用が流動化すれば、知的に秀でているが社会の底辺で埋もれている発達障害者にもチャンスが出てくると思います。ただ、どうしても日本社会では下積みの重要性を中心に置く経営者が多いんですよね。

 

その下働きの時点で脱落するのがADHDだと思います。逆にASDはコツコツやるタイプだから適応できそうな気もしますが。

 

机上の空論だということは承知しています。しかし特定の分野では特化できる発達障害者の能力を生かさず、ひきこもりや社会不適合者という状態にしておくのはもったいないような気がします。

 

もし、発達障害者の発想力や特定ジャンルの濃い知識を生かすことができれば、停滞する日本に対しての何らかのカンフル剤になるかもしれません。

 

ここにツイッターで出したアイディアを書き出しておきます。

 

戦中や戦後の文化風俗に特化した発達障害者を老人ホームにいてもらって話し相手をする人間データベース。

 

サブカルチャーメインカルチャーに特化した発達障害者のかけあいによる話がどう飛ぶかわからない知的に濃い笑いを主目的にしない漫才のようなエンタメ。

 

片付けサービス代行の見習い者育成のために、部屋を散らかす係としてのADHD

 

まあ最後は冗談ですが、これからも発達障害者を生かす方法を考えていきます。

 

発達障害の就労についていろいろ考えてみた

現状としては障害があるにもかかわらず、定型発達者にとって造作もない仕事に、必死になって食らいついて努力してるにもかかわらず脱落しそうな状態の方が大半だと思います。

 

せめて自分の凸の部分さえわかれば、強みを生かせるはずなのですが、それが何なのかまったくわからない人も多いみたいです。

 

基本的に、新卒にしろ中途雇用者にしろ、大半の人が入り口までの仕事しか目にしていないのではないでしょうか。つまり、求人誌で求められている職種が、専門的知識を必要としない誰でもできる仕事であること。そしてその大半が発達障害者には不向きらしいことです。

 

私自身も職種が限られていたので、内容的には雑用の多い下部の仕事しか知りませんし、それ以外の知識はないです。ですが、大卒者として一応幹部候補生として雇われた人も同期には数名含まれていました。もう少し適性があって、下積み期間をなんとかしのいでいたら、上の方で活躍できたかもしれません。

 

おそらく私にバイヤーとしての資質があるかどうかと問われれば謎ですが、趣味的な興味とマッチングすれば上手く流れに乗れた可能性もあります。

 

普通の求職者は、末端の雇用内容しか知らされないことが多く、書店などのガイドブックを見ても中枢の仕事についてはまず語られることがないでしょう。企業秘密的な物も含まれていますから。

 

ただどちらかというと、言語性IQが高く頭のいい発達障害者は、下働きより上の方で活躍できるのではないかと思います。本当に惜しいと思うんですよね。本来なら社会の仕組みを構造的に変革できそうな人材が、ちょっとしたミスで毎日責められているというのが発達障害者の現状なんですが。全員が才能があるかどうかは不明ですが、社会を過ごしやすくするシステムを考えられるかもしれない頭脳の持ち主が底辺で埋もれていってるような気もします。

 

ちょっと買いかぶりすぎかなとも思ったのですが。割と社会で成功して目立ってる人たちの中に発達特性を持っている人が見受けられるので、もう少し上手く回らないんだろうかと思ってしまいます。

 

定型発達者が難なくできる仕事に必死でしがみついて落ちこぼれてしまうから無能力者の烙印を押されてしまうのでしょう。自分の得意を生かせる分野で勝負できていれば、水を得た魚のように活躍してるはずです。

 

日本の長期にわたって続いている低迷をひっくり返せるように、発達障害者の凸の部分を生かせられる社会が来ればいいなと思いました。

 

今回はちょっと理想論に傾いてしまいましたが。発想力にあふれる発達障害者の能力をうまく使いこなせる時代が来て欲しいものです。

カップルで泣いてる女の子を減らしたい

昔読んだ恋愛系のエッセイに「カップルで女の子の方が泣いてるシーンが多い」という記載がありました。誰が書いてたのかわすれてしまいましたが、これを読んだ私(彼女いない歴=年齢)は、「もし万が一(ってなんだ)私に彼女が出来たら絶対に泣かさないぞ」と心に誓ったわけです。

 

あれから十数年たちますが、未だに彼女という存在にお目にかかったこともございません。

 

ですが、だんだん世の中の仕組みというのが少しずつわかってきて、男女の隔たりという物がちょっとずつ知るようになりました。

 

これ、もう建前フッ飛ばして学校で教えるしかないんじゃないかと思います。特にモテない人が多い発達男子にとっては雲をつかむような話です。

 

恋愛は個人の営みだということで各自に任せるから、女性の事を知らない男性が暴走するんじゃないかと思います。もちろんそうじゃない男性もいるとは思いますが。なんか、相互理解が手さぐりみたいになって、戦国大名の和睦交渉みたいな感じがする。

 

たぶん、大っぴらにできないけど、相手の考えがわからないから腹の探り合いみたいになってしまうのではないでしょうか。

 

日本は少子化が叫ばれて久しいですね。性教育はなされているけど、恋愛教育というのがあるかどうか。ネット見てると恋愛相談だらけだから、ないんじゃないかなと思います。

 

これは学校で教える事ではないとおっしゃられる方もいるかもしれませんが、見合い制度が崩壊してしまった今、結婚への道が恋愛しかないとすれば、特に恋愛が不得手な発達障害者の男性は道が閉ざされるわけです。ま、それ以外に就労という狭き門も控えているのですが。

 

男女の考え方の違いとか、脈あり脈なしのサインとかそれを教えるだけで勘違いによるストーカーとかトラブルは減るんじゃないんでしょうか。

 

ただ、やっぱり恋愛関係は個人個人にかかってくるもので、教育したからと言ってどうなるものでもないということが真実であれば仕方ないです。

巷にも恋愛の私塾みたいなのはあるみたいですが、リピーターを増やした方が儲かると思うので、卒業させてくれないような気がするんですがどうなんでしょうか。